※知世ちゃんとエリオル君が恋人設定
月が雲に隠れ、部屋が闇に覆われた時に、知世は目を覚まし、勢い良く上体を起こした。
「…夢、でしょうか?」
その可憐な容貌に合わず、吐き出される息は荒い。
「…ピーターパンの夢?」
電話の向こうの声は、知世の恋人であるエリオルだ。
今、仕事のために海外で一人暮らしをしている。
「ええ…確かにピーターパンの内容でした…。」
「それが何故恐ろしい夢だったのですか?」
いかにも首を傾げていそうなエリオルの声を聞き、知世は胸の内を吐き出した。
知世が見た夢では、ピーターパンは"小狼"と名乗り、ウェンディは"さくら"と名乗っていた。
小狼とさくらの物語は、本家のピーターパンと同じ様に進んだ。
ネバーランドにいる子供たちとの触れ合い、海賊たちに囚われるさくら、そして、海賊船での決戦―。
だが、その場面で、楽しい筈の物語は一変してしまった。
海賊船に現れた小狼の前に立ちはだかったのは、悪名高きフック船長だった。
だが、そのフック船長の容姿は…
彼女の恋人であるエリオル、そのものだった。
「その後、物語の通りの展開になって…。」
「―僕は、ワニに食べられたのですね。」
「はい…。」
知世は、完全に力尽きたような口調になっていた。
「…私、本当に怖くて…夢なのに、あなたが本当に消えてしまいそうな気がして…。」
「知世さん…。」
受話器の向こうから聞こえてくる優しい声に、知世はいつの間にか安堵し、涙声になっていた。
電話の向こうから聞こえる涙声に、エリオルはここではない何処かを見つめていた。
(知世さんが、あの時のことを…。)
エリオルの頭の中では、船から海の中へ落ちてゆく時に見た空と、マストの上でそんな己を見つめる"小狼"と名乗る少年の姿が再生されていた。
幼い頃に見たそれを、はじめは夢だと思っていたが、見る回数が増えてゆく内にこれが単なる夢ではなく、自分が産まれる前に体験した記憶だということが解った。
まさか、その記憶を見て、彼女が泣き出すなんて―。
(悪いことは、出来ませんね…。)
エリオルは視線を元の位置に戻すと、再び受話器に向かって話し出した。
いや、正確には受話器の向こうにいる彼女に。
「―あんな終わり方を迎えるようなことはしません。…絶対に。」