初雪のように

<初雪のように>        瑞稀

真夜中。外は月明かりに照らされ、冷たい風が吹き荒れる。
 吐く息は白くなり、手はかじかんでよく動かなくなる。そのくらいの寒さの、冬の都心。
 そんな今、街の一角にあるとある洋館で、二人の男女がなにやら言い争っている。
 
「ちょっ、まっ…待って!」
「待てない」
「お願い、もうちょっと…」
「嫌だ」
「や、だから…待ってって…。ぁ…やっ…!」
 
 彼は彼女が拒むのも聞かず、彼女の上に覆い被さり、彼女の唇に彼のそれを近付けた…わけでは、なく。
 もしそうであったらどんなに良いか、と彼は願うが、もちろんそんなことはあるはずもなく。
 
「だーかーら、あとちょっとだって言ってるでしょ―――! お願い新一、まだ動かないで!」
「…へいへい。ったく…何でオレが、クリスマスツリーを飾る為にお前の台にならなきゃいけねーんだ…」
 
 ぶつぶつと文句を漏らす新一に対し、蘭は淡々とクリスマスツリーの装飾作業をこなしている。
 新一は、重くのしかかる疲労とだんだん強くなっていく眠気を追い払おうと、大きく息を付いた。
 
 ―――季節は冬、クリスマス。
 恋人たちにとっても一大イベントだが、世間一般の人にとってもすごく大変なイベントだということは、言うまでもないだろう。
 子供達はプレゼントをもらえるということで首を長くさせ、彼らの親たちはプレゼントを何にしようか四苦八苦して結局は子供にリサーチを入れる。ケーキ屋やレストランは予約で一杯になり、従業員らはクリスマスどころではなくなる始末。
 もうすぐ今年が終わるという慌ただしい時期だというのに、何故こんな行事があるのだろうか。と、新一は毎年考える。
 だけど、毎年のようにクリスマスを待ち通しにして、クリスマスパーティーの支度をする蘭を見ると、そんな考えはどっかにいってしまうのだ。
 新一自身も、そんな自分を馬鹿馬鹿しいと思わざると得ないらしい。
 蘭は新一のそんな思いには毎年気付くことなく、例年のごとくクリスマスパーティーの支度…ツリーの装飾に夢中だ。
 
「新一が私の台になることはできるけど、私が新一の台になることはできないから…ごめんね。…よし、終わった!」
「じゃー、早く降りてくれ…」
「はいはい。ありがとね、お疲れ様~」
 
 新一に声を掛け、蘭は次の作業…ケーキの飾り付けに移り始める。クリスマスツリーの装飾をしている間にスポンジを焼いていたのだ。
 新一は、やっと解放された…と、大きく伸びをした。
 時刻は22時53分。今日は12月24日。時計を見上げ、確認した。
 そう、明日はクリスマス当日。新一と蘭は、少年探偵団の少年少女らと、クリスマスパーティーを開催する予定だった。
 
「クリスマスまであと一時間ね」
「そうだな……ふぁ~あ」
 
 ムードも何もないな、と蘭は少しムッとしたが、いつものことだし、疲れてるんだろうなと思い、気にしないことにした。
 今日も事件があったらしく、新一は朝早くに出かけて、つい二時間くらい前に帰ってきたばかりなのだ。
 まだ早い時間だが、明日のこともあるし、疲れているなら寝たほうがいいのではないか。蘭は新一に、彼女なりのねぎらいの言葉を掛けた。
 
「…新一、今日も警視庁行ってたし、疲れてるんでしょ? 眠いなら寝てていいよ。」
「いや、蘭だけに明日の準備をさせるわけにはいかないだろ?」
「…と言っても、新一がすることはもう終わったんだから。後は私一人でやれるよ?」
「ケーキの盛り付けくらいなら出来るって」
「ほー。本当に?」
「本当だって。ほれ、貸してみ」
 
 彼の言葉に乗せられて、ホイップクリームの入った絞り出し器を新一に手渡してしまった。しまった、休ませてあげようと思ってたのに、と思い出したときには既に遅し。不安げに見つめる蘭を横目に、新一は慣れた手つきで、器用にクリームをケーキに塗っていった。
 その様子に、蘭は不覚にも見とれてしまった。さすが何にでも器用なだけあるな、と感嘆の溜め息を付いた。
 
「ほら見ろ蘭、出来た」
「おー、早ーい! じゃあこれに苺を載せてっと…」
「このチョコレートの板も載せるのか?」
「それは最後。ごめん新一、そこのチョコレートペンシル取って~」
「はいよ」
 
 蘭は新一の飾り付けたクリームの上に苺を載せ終わると、チョコレートペンシルを使って、ケーキの上に文字や模様を描き始めた。
 新一が見守る中、やっと描き終えたその時、時刻は11時半を過ぎていた。
 
「―――よし、完成!」
「おー…。間に合わねえかと思ったけど、余裕だったな」
「うん…ありがとう、新一。新一が手伝ってくれたから、早く終わったんだよ」
「…そりゃどうも」
 
 新一はぶっきらぼうに呟き、蘭はおかしそうにクスクスと笑った。ぶっきらぼうなその言葉が、照れ隠しなのだということなんて、やっぱり幼馴染みは見抜いてしまうのだろう。
 蘭はふと、窓の外を覗いた。そしてその闇の中であるものを見つけ、嬉しそうに声を上げた。
 
「―――あ! 雪だよ、新一!」
「…本当だ。初雪だな」
「あと、ホワイトクリスマスだね」
「明日まで降り続けるとは限らないけどな…」
「明日まであと数分じゃない、きっと降り続けてるわよ」
 
 ふわり、ふわり。
 小さな小さな粉雪は、空で舞い、地に積もって、そのうち結構な量となっていく。
 
 ふわり、ふわり。
 想いも、心も、初雪のように消えることのないように、そっと願う。
 
<コメント>
瑞稀さんのブログのクリスマスフリー配布小説(新一×蘭)を頂きました!(12/26に頂きました!)

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