<おやゆび姫> ももくり
「ひめ・・・。姫。どうかしたのですか?」
そんな優しい声で一瞬のまどろみから開放されたとき、目に入ってきたのは暖かなブラウンの瞳をした青年。
『姫』と呼ばれた自分が今どこにいるのかを確認するように周りを見回す。
暖かな春の日差しの中で、たくさんの花々が花を広げその蜜を吸いに来ただろう蝶やミツバチたちが忙しそうに花から花へ移動をしている。
その中心にある大きな花のベットの上でまどろんでいた自分。
手のひらをそっと覗き込むと、赤みを帯びた指先に、同じような暖かな手が乗せられた。
向かい合うように座る彼へと視線を移すと、心配そうな顔をして自分を見つめている。
「王子様・・・。」
暖かな手を握り締めると、さらに不安そうな顔をこちらに向ける。
「何か心配なことでもあるのですか?」
花の国の王子のもとにやってきた自分を思い出し、ようやく安堵のため息とじんわりとした幸せに包み込まれる。
「こちらに来る前の夢を見ました」
「あんたが、おやゆび姫っちゅう嬢ちゃんかい」
夏の空気を取り入れるために開けられた窓に、突然現れた緑の物体。自分の倍はあろうかという体は水にぬれていて、大きな口が開かれるたびに赤い舌が顔を出し、そのまま舌に巻かれて口の中に放り込まれそうだった。
緑色の蛙は、自分をを食い入るように見つめると。
「よっしゃ。わいの息子の嫁にぴったりや!」
と言って、肩に担ぐとお母さんのいない部屋から自分を連れ出し、かえるの家へと連れて行った。
「どこが嫁にぴったりなのでしょうか」
家について自分を担いできた蛙の息子と思しき人はそう冷たく言い放つと、次の言葉を親蛙に言い放った。
「だいたいあなたは考えがなさすぎるんです。いつも自分がよいと思ったことを実行に移す。その被害をこうむるのはこちらなのですよ」
「なんやと!」
「ほらすぐに感情的になる」
「だいたい、わいは最初から気に食わんかったんや。何でわいの息子が、スッピーなんや。」
「今はそんなことを言っている場合ではないでしょう」
「いいや、言わせてもらうで。だいたいなんやこの姿は、わいのカッコええ体がこんな緑色になって…」
いつ終わるとも思えない言い争いを横目にしながら、そっと蛙の家を出ると、刺すような夏の日差し。
-お家、どっちだろう
とぼとぼと、来ただろうと思う道をたどってみるが、暖かな思い出がたくさんの家には着くことができなくて、どんどんと涙があふれてくる。
-お母さんに会いたいのに。
何回もの太陽が頭の上を通り過ぎ、その間森の中にある小さな花の蜜を飲んで空腹と、のどの渇きを潤し、夜は葉の下で休む生活を繰り返していた。そんな日々が続いてした頃。不意に記憶が途切れた。
「さくらちゃん、大丈夫ですか」
「知世ちゃん。今はおやゆび姫だよ。」
「いえ、さくらちゃんは、さくらちゃんですわ」
倒れてしまった自分を助けてくれたのは野鼠のお母さん。たくさんの美味しいご飯と暖かな部屋が疲れた体を癒してくれた。
「いいですか、絶対に外に出てはいけません。」
「どうして?」
「それは、悪い人にさらわれてしまうからです」
「悪い人って?」
「大きな口に、三角の耳、長い尻尾を隠した、お方ですわ」
「それっておおかみさん」
「はい、王子の皮を被った狼さんです」
「?」
とにかく、恩人の言うことは聞かなくてはと思って、しばらくのあいだ野鼠のお母さんと暮らしていた。でも、外に出ないようにと締め切った部屋の中には、大好きな日差しも、お日様の匂いもなくて、つい言いつけを破って外に出てしまった。
季節はいつの間にか秋になっていて、一体どのぐらい長い時間大好きな家を離れていたんだろう。
-帰りたい
そんな想いが青空を見上げると沸き起こってくる。
青い空を飛ぶ鳥になったら、きっとすぐにでも帰れるのに。
空を自由に飛ぶ鳥さんがうらやましくて、つい眼で追ってしまう。
「どうかしましたか。」
優しい声をかけてくれたのは黒い翼の燕さん。青い空を風を切るように飛ぶ彼らはこれから暖かな南の国へ向けて長い旅を始める。
「いえ、燕さんがうらやましいと…。私もどこかに飛んで行きたいです。」
「何か悲しいことがあったのですか?」
「いえ、そうではありません。野鼠のお母さんは優しいですし、今の生活に不満はないんです。ただ、心のどこかで行かなくてはならない場所があるような」
「では、僕が連れて行ってあげましょう」
そういうのが早いか背中に乗せると高い空に飛び立った。高い空の上はお日様の光がまぶして、今までいた場所ははるか下に見える。
「あ、野鼠のお母さんに何も言っていない」
「大丈夫です。僕が後でお話ししておきます。」
高い高い空は心地よくて、受ける風は冷たさも含んでいる。その風に身を任せたら心も体もふわふわと浮いてしまいそうな感覚にとらわれる。
一瞬で遠くに掛ける翼。
自分にもあったらどんなに良かっただろう。
そうしたら好きなところにいけて、おかあさんの元にもいけたのに。
「疲れていませんか、少し休憩しましょう」
降り立ったのは、お花が咲き乱れる綺麗な場所。
赤、青、黄色。
いろいろな花が咲いていて、降り注ぐ日差しに向けて力いっぱいにその命の翼を広げていた。
-お花摘んでもいいかな。
少し悩みながら花に手を向けると、大きな手がその動きを静止した。
「いけませんよ。」
大地と同じ色のブラウンの瞳。その彼は優しく微笑むと、私の瞳をしばらく見つめていた。
「ごめんなさい」
「いえ、それよりも、どうしたのですか。このようなところにあなたのような方がいらっしゃるとは」
「燕さんに、連れてきてもらったのです」
「そうですか、これからどこに行くのですか?」
「あの、その」
ドキドキと高鳴る胸の音に邪魔されて、次の言葉が出てこない。見つめられるだけで、気持ちが見透かされそう。
「姫、ここで暮らしませんか」
「はい」
素直な気持ちで出た言葉。
初めて会ったはずなのに、ずっと昔から知っていたような人。
この人に出会うためにここまで来た。
そう思わずにはいられない。
こうしておやゆび姫は暖かなぬくもりに包まれて、いつまでもいつまでも幸せに暮らしました。
おしまい
「はぁ。小狼くん終わったよ。」
「そうだな」
つないだままの手を気にしながら、さくらは小狼の顔を覗き込んだ。
その顔つきは、王子様と言う言葉がふさわしく整っていて、さくらの大好きな瞳が自分を見つめていると思うとそれだけで顔が赤くなってしまった。
「でも、まだこれからだろ」
「ほえ?」
その瞳が近づくのと一緒に温かなぬくもりが唇に落とされる。
「んっ」
零れ落ちる甘い声に絡みつくような舌の動き。
そのなれた動きに、頭の中が白くなってゆく。
「ま、待ってよ」
「おやゆび姫と王子様は幸せに暮らしたんだろ。」
「うん」
「じゃあ、こういうことも込みだな」
そのまま大きな花のベットに押し倒され、柔らかに微笑む王子に組み敷かれる。
「え、そんな」
「待ったなし」
さっきと同じような口付けに酔いしれてしまって、否定を続けていた頭は、甘い香りに包まれたときのようにとろけてしまい。
その身をゆだねるしかなくなっていった。
こうして、本当に、本当に、おやゆび姫は幸せに暮らしました。
おわり
<コメント>
ももくりさんのサイトの企画でリクエストした小説を頂きました!
<おやゆび姫> ももくり
「ひめ・・・。姫。どうかしたのですか?」
そんな優しい声で一瞬のまどろみから開放されたとき、目に入ってきたのは暖かなブラウンの瞳をした青年。
『姫』と呼ばれた自分が今どこにいるのかを確認するように周りを見回す。
暖かな春の日差しの中で、たくさんの花々が花を広げその蜜を吸いに来ただろう蝶やミツバチたちが忙しそうに花から花へ移動をしている。
その中心にある大きな花のベットの上でまどろんでいた自分。
手のひらをそっと覗き込むと、赤みを帯びた指先に、同じような暖かな手が乗せられた。
向かい合うように座る彼へと視線を移すと、心配そうな顔をして自分を見つめている。
「王子様・・・。」
暖かな手を握り締めると、さらに不安そうな顔をこちらに向ける。
「何か心配なことでもあるのですか?」
花の国の王子のもとにやってきた自分を思い出し、ようやく安堵のため息とじんわりとした幸せに包み込まれる。
「こちらに来る前の夢を見ました」
「あんたが、おやゆび姫っちゅう嬢ちゃんかい」
夏の空気を取り入れるために開けられた窓に、突然現れた緑の物体。自分の倍はあろうかという体は水にぬれていて、大きな口が開かれるたびに赤い舌が顔を出し、そのまま舌に巻かれて口の中に放り込まれそうだった。
緑色の蛙は、自分をを食い入るように見つめると。
「よっしゃ。わいの息子の嫁にぴったりや!」
と言って、肩に担ぐとお母さんのいない部屋から自分を連れ出し、かえるの家へと連れて行った。
「どこが嫁にぴったりなのでしょうか」
家について自分を担いできた蛙の息子と思しき人はそう冷たく言い放つと、次の言葉を親蛙に言い放った。
「だいたいあなたは考えがなさすぎるんです。いつも自分がよいと思ったことを実行に移す。その被害をこうむるのはこちらなのですよ」
「なんやと!」
「ほらすぐに感情的になる」
「だいたい、わいは最初から気に食わんかったんや。何でわいの息子が、スッピーなんや。」
「今はそんなことを言っている場合ではないでしょう」
「いいや、言わせてもらうで。だいたいなんやこの姿は、わいのカッコええ体がこんな緑色になって…」
いつ終わるとも思えない言い争いを横目にしながら、そっと蛙の家を出ると、刺すような夏の日差し。
-お家、どっちだろう
とぼとぼと、来ただろうと思う道をたどってみるが、暖かな思い出がたくさんの家には着くことができなくて、どんどんと涙があふれてくる。
-お母さんに会いたいのに。
何回もの太陽が頭の上を通り過ぎ、その間森の中にある小さな花の蜜を飲んで空腹と、のどの渇きを潤し、夜は葉の下で休む生活を繰り返していた。そんな日々が続いてした頃。不意に記憶が途切れた。
「さくらちゃん、大丈夫ですか」
「知世ちゃん。今はおやゆび姫だよ。」
「いえ、さくらちゃんは、さくらちゃんですわ」
倒れてしまった自分を助けてくれたのは野鼠のお母さん。たくさんの美味しいご飯と暖かな部屋が疲れた体を癒してくれた。
「いいですか、絶対に外に出てはいけません。」
「どうして?」
「それは、悪い人にさらわれてしまうからです」
「悪い人って?」
「大きな口に、三角の耳、長い尻尾を隠した、お方ですわ」
「それっておおかみさん」
「はい、王子の皮を被った狼さんです」
「?」
とにかく、恩人の言うことは聞かなくてはと思って、しばらくのあいだ野鼠のお母さんと暮らしていた。でも、外に出ないようにと締め切った部屋の中には、大好きな日差しも、お日様の匂いもなくて、つい言いつけを破って外に出てしまった。
季節はいつの間にか秋になっていて、一体どのぐらい長い時間大好きな家を離れていたんだろう。
-帰りたい
そんな想いが青空を見上げると沸き起こってくる。
青い空を飛ぶ鳥になったら、きっとすぐにでも帰れるのに。
空を自由に飛ぶ鳥さんがうらやましくて、つい眼で追ってしまう。
「どうかしましたか。」
優しい声をかけてくれたのは黒い翼の燕さん。青い空を風を切るように飛ぶ彼らはこれから暖かな南の国へ向けて長い旅を始める。
「いえ、燕さんがうらやましいと…。私もどこかに飛んで行きたいです。」
「何か悲しいことがあったのですか?」
「いえ、そうではありません。野鼠のお母さんは優しいですし、今の生活に不満はないんです。ただ、心のどこかで行かなくてはならない場所があるような」
「では、僕が連れて行ってあげましょう」
そういうのが早いか背中に乗せると高い空に飛び立った。高い空の上はお日様の光がまぶして、今までいた場所ははるか下に見える。
「あ、野鼠のお母さんに何も言っていない」
「大丈夫です。僕が後でお話ししておきます。」
高い高い空は心地よくて、受ける風は冷たさも含んでいる。その風に身を任せたら心も体もふわふわと浮いてしまいそうな感覚にとらわれる。
一瞬で遠くに掛ける翼。
自分にもあったらどんなに良かっただろう。
そうしたら好きなところにいけて、おかあさんの元にもいけたのに。
「疲れていませんか、少し休憩しましょう」
降り立ったのは、お花が咲き乱れる綺麗な場所。
赤、青、黄色。
いろいろな花が咲いていて、降り注ぐ日差しに向けて力いっぱいにその命の翼を広げていた。
-お花摘んでもいいかな。
少し悩みながら花に手を向けると、大きな手がその動きを静止した。
「いけませんよ。」
大地と同じ色のブラウンの瞳。その彼は優しく微笑むと、私の瞳をしばらく見つめていた。
「ごめんなさい」
「いえ、それよりも、どうしたのですか。このようなところにあなたのような方がいらっしゃるとは」
「燕さんに、連れてきてもらったのです」
「そうですか、これからどこに行くのですか?」
「あの、その」
ドキドキと高鳴る胸の音に邪魔されて、次の言葉が出てこない。見つめられるだけで、気持ちが見透かされそう。
「姫、ここで暮らしませんか」
「はい」
素直な気持ちで出た言葉。
初めて会ったはずなのに、ずっと昔から知っていたような人。
この人に出会うためにここまで来た。
そう思わずにはいられない。
こうしておやゆび姫は暖かなぬくもりに包まれて、いつまでもいつまでも幸せに暮らしました。
おしまい
「はぁ。小狼くん終わったよ。」
「そうだな」
つないだままの手を気にしながら、さくらは小狼の顔を覗き込んだ。
その顔つきは、王子様と言う言葉がふさわしく整っていて、さくらの大好きな瞳が自分を見つめていると思うとそれだけで顔が赤くなってしまった。
「でも、まだこれからだろ」
「ほえ?」
その瞳が近づくのと一緒に温かなぬくもりが唇に落とされる。
「んっ」
零れ落ちる甘い声に絡みつくような舌の動き。
そのなれた動きに、頭の中が白くなってゆく。
「ま、待ってよ」
「おやゆび姫と王子様は幸せに暮らしたんだろ。」
「うん」
「じゃあ、こういうことも込みだな」
そのまま大きな花のベットに押し倒され、柔らかに微笑む王子に組み敷かれる。
「え、そんな」
「待ったなし」
さっきと同じような口付けに酔いしれてしまって、否定を続けていた頭は、甘い香りに包まれたときのようにとろけてしまい。
その身をゆだねるしかなくなっていった。
こうして、本当に、本当に、おやゆび姫は幸せに暮らしました。
おわり
<コメント>
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<おやゆび姫> ももくり
「ひめ・・・。姫。どうかしたのですか?」
そんな優しい声で一瞬のまどろみから開放されたとき、目に入ってきたのは暖かなブラウンの瞳をした青年。
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暖かな春の日差しの中で、たくさんの花々が花を広げその蜜を吸いに来ただろう蝶やミツバチたちが忙しそうに花から花へ移動をしている。
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緑色の蛙は、自分をを食い入るように見つめると。
「よっしゃ。わいの息子の嫁にぴったりや!」
と言って、肩に担ぐとお母さんのいない部屋から自分を連れ出し、かえるの家へと連れて行った。
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「さくらちゃん、大丈夫ですか」
「知世ちゃん。今はおやゆび姫だよ。」
「いえ、さくらちゃんは、さくらちゃんですわ」
倒れてしまった自分を助けてくれたのは野鼠のお母さん。たくさんの美味しいご飯と暖かな部屋が疲れた体を癒してくれた。
「いいですか、絶対に外に出てはいけません。」
「どうして?」
「それは、悪い人にさらわれてしまうからです」
「悪い人って?」
「大きな口に、三角の耳、長い尻尾を隠した、お方ですわ」
「それっておおかみさん」
「はい、王子の皮を被った狼さんです」
「?」
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季節はいつの間にか秋になっていて、一体どのぐらい長い時間大好きな家を離れていたんだろう。
-帰りたい
そんな想いが青空を見上げると沸き起こってくる。
青い空を飛ぶ鳥になったら、きっとすぐにでも帰れるのに。
空を自由に飛ぶ鳥さんがうらやましくて、つい眼で追ってしまう。
「どうかしましたか。」
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「いえ、燕さんがうらやましいと…。私もどこかに飛んで行きたいです。」
「何か悲しいことがあったのですか?」
「いえ、そうではありません。野鼠のお母さんは優しいですし、今の生活に不満はないんです。ただ、心のどこかで行かなくてはならない場所があるような」
「では、僕が連れて行ってあげましょう」
そういうのが早いか背中に乗せると高い空に飛び立った。高い空の上はお日様の光がまぶして、今までいた場所ははるか下に見える。
「あ、野鼠のお母さんに何も言っていない」
「大丈夫です。僕が後でお話ししておきます。」
高い高い空は心地よくて、受ける風は冷たさも含んでいる。その風に身を任せたら心も体もふわふわと浮いてしまいそうな感覚にとらわれる。
一瞬で遠くに掛ける翼。
自分にもあったらどんなに良かっただろう。
そうしたら好きなところにいけて、おかあさんの元にもいけたのに。
「疲れていませんか、少し休憩しましょう」
降り立ったのは、お花が咲き乱れる綺麗な場所。
赤、青、黄色。
いろいろな花が咲いていて、降り注ぐ日差しに向けて力いっぱいにその命の翼を広げていた。
-お花摘んでもいいかな。
少し悩みながら花に手を向けると、大きな手がその動きを静止した。
「いけませんよ。」
大地と同じ色のブラウンの瞳。その彼は優しく微笑むと、私の瞳をしばらく見つめていた。
「ごめんなさい」
「いえ、それよりも、どうしたのですか。このようなところにあなたのような方がいらっしゃるとは」
「燕さんに、連れてきてもらったのです」
「そうですか、これからどこに行くのですか?」
「あの、その」
ドキドキと高鳴る胸の音に邪魔されて、次の言葉が出てこない。見つめられるだけで、気持ちが見透かされそう。
「姫、ここで暮らしませんか」
「はい」
素直な気持ちで出た言葉。
初めて会ったはずなのに、ずっと昔から知っていたような人。
この人に出会うためにここまで来た。
そう思わずにはいられない。
こうしておやゆび姫は暖かなぬくもりに包まれて、いつまでもいつまでも幸せに暮らしました。
おしまい
「はぁ。小狼くん終わったよ。」
「そうだな」
つないだままの手を気にしながら、さくらは小狼の顔を覗き込んだ。
その顔つきは、王子様と言う言葉がふさわしく整っていて、さくらの大好きな瞳が自分を見つめていると思うとそれだけで顔が赤くなってしまった。
「でも、まだこれからだろ」
「ほえ?」
その瞳が近づくのと一緒に温かなぬくもりが唇に落とされる。
「んっ」
零れ落ちる甘い声に絡みつくような舌の動き。
そのなれた動きに、頭の中が白くなってゆく。
「ま、待ってよ」
「おやゆび姫と王子様は幸せに暮らしたんだろ。」
「うん」
「じゃあ、こういうことも込みだな」
そのまま大きな花のベットに押し倒され、柔らかに微笑む王子に組み敷かれる。
「え、そんな」
「待ったなし」
さっきと同じような口付けに酔いしれてしまって、否定を続けていた頭は、甘い香りに包まれたときのようにとろけてしまい。
その身をゆだねるしかなくなっていった。
こうして、本当に、本当に、おやゆび姫は幸せに暮らしました。
おわり
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